守次(もりつぐ)の位列と基本情報|刀工データベース

守次(もりつぐ)は、刀剣要覧の位列で「古刀・最上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」に位置づけられている刀工です。

青江守次とは

青江守次(あおえもりつぐ)は、備中国青江(現在の岡山県倉敷市)で活躍した青江派の刀工です。青江派の祖とされる安次の子で、一派の中心となる「守次一派」を率いた古青江の名工とされます。貞次・恒次・次家という名工の父としても知られています。

系譜と経歴

青江派は平安時代末期から南北朝時代にかけて、備中国青江で栄えた刀工集団です。開祖は安次とされ、その子の守次を祖とする「守次一派」と、則高を祖とする一派に大きく分かれます。

守次の子である貞次・恒次・次家の三兄弟は、そろって後鳥羽上皇の御番鍛冶を務めたと伝わり、古青江の黄金期を築きました。

「守次」は青江派を代表する名跡の一つで、初代以降、同じ名が南北朝時代まで受け継がれました。末青江の時代にも延文年間(1356〜1361年)ごろの年紀を持つ守次の作があり、時代の違う守次を区別して考える必要があります。生没年はわかっていません。

作風の特徴

古青江の作風としては、次のような点が挙げられます。

項目 特徴
姿 細身で腰反りの強い「青江反り」
地鉄 「澄肌(すみはだ)」と呼ばれる黒い地斑があらわれる
刃文 直刃に小乱れが交じる

時代が下る中青江・末青江では、姿が豪壮になったり丁子乱れが現れたりと作風が変化していきます。刃文の用語は刃文の基礎で確認できます。

代表作

守次の作としては、上杉謙信が戦勝祈願に用いたと伝わる重要文化財の「般若太刀」が知られています。ただし、これがどの代の守次による作かは本ページでは確認できていません。

鑑賞・購入のポイント

  • 「守次」は古青江から末青江まで同名が続くため、どの時代の守次かを見極めることが重要です(例:青江左衛門尉守次)。
  • 備前の福岡石堂派にも守次がいます。国と時代を必ず確認しましょう。
  • 青江派の在銘作は貴重なため、購入時は鑑定書の確認が欠かせません。

基本情報

刀工名 守次
読み もりつぐ
時代 古刀
国 備中
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 古刀・最上作 第22版(古刀の部・二位)/名寄せ:旧slug bitchu-moritsugu
刀工辞典の位列 古刀・最上作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

関連する刀工・ページ

同じ時代・同じ国(古刀・備中)の刀工

備中国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

守次は、刀剣要覧の位列で「古刀・最上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」と位置づけられている古刀の刀工です。備中国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

刀工データベース トップへ戻る