会津兼定(あいづかねさだ)の位列と基本情報|刀工データベース

会津兼定(あいづかねさだ)は、業物位列で「良業物」に位置づけられている刀工です。

会津兼定(初代)とは

会津兼定は、戦国時代の弘治2年(1556年)に陸奥国会津へ移り住んだ刀工の家系で、初代は古川清右衛門と称しました。関伝(美濃伝)の作風を基調とする刀工です。

系譜と経歴

会津の大名であった蘆名家に召し抱えられ、知行二百石を受けたと伝えられます。その後、藩主が上杉家に替わってもこの知行は続いたとされます。二代孫四郎、三代孫一郎と続き、三代は寛永14年(1637年)に没したとされます。

作風の特徴

関伝を基調とした造りで、兼定一族の中でもっとも切れ味が優れると評価され、業物位列では良業物に挙げられています。

鑑賞・購入のポイント

会津兼定は代が多く、幕末の十一代(和泉守兼定)も著名なため、どの代かを銘や作風から見極める必要があります。

基本情報

刀工名 会津兼定
読み あいづかねさだ
時代 新刀
国 陸奥
代 —

位列

位列 位 備考
業物位列 良業物 名博は「会津兼定(初代)」と表記。

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 業物位列:「良業物」——この位列に掲載された172工のうちの一人で、4段階中、上から3番目の位です。江戸時代の試し斬りの結果をもとにした、切れ味の格付けです。刀の美しさや出来を評価したものではありません。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新刀(慶長年間〜江戸中期)

新刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)から江戸時代中期ごろまでに作られた日本刀を指します。戦乱が収まって城下町が整えられ、刀工が各地の城下に集まって作刀するようになり、華やかな刃文の作も多く生まれました。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

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まとめ

会津兼定は、業物位列で「良業物」と位置づけられている新刀の刀工です。陸奥国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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