兼植(江戸)の位列と基本情報|刀工データベース

兼植(江戸)(かねたね)は、業物位列で「業物」に位置づけられている刀工です。

基本情報

刀工名 兼植(江戸)
読み かねたね
時代 新刀
国 武蔵
代 —

位列

位列 位 備考
業物位列 業物 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 業物位列:「業物」——この位列に掲載された172工のうちの一人で、4段階中、上から4番目の位です。江戸時代の試し斬りの結果をもとにした、切れ味の格付けです。刀の美しさや出来を評価したものではありません。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新刀(慶長年間〜江戸中期)

新刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)から江戸時代中期ごろまでに作られた日本刀を指します。戦乱が収まって城下町が整えられ、刀工が各地の城下に集まって作刀するようになり、華やかな刃文の作も多く生まれました。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

武蔵の新刀の作風の傾向

江戸(武蔵)の新刀は寛文新刀期(1661〜1680年頃)を中心に作られ、鎖国による南蛮鉄の輸入停止や、大小二本差しの定着で携帯しやすい短めの刀が求められたこと、1657年の明暦の大火後の需要増などが背景として挙げられる。実用的な「よく斬れる」刀として知られ、試し斬りの截断銘が多く入るとされる。

以下は産地全体の一般的な傾向で、個々の刀工によって異なります。

見どころ 傾向
姿(すがた) ほど良い長さで反りが浅く、切先が延びて重ねが薄い実用的な姿とされる。
地鉄(じがね) 小板目肌に柾目が交じり、黒みを帯びた質実な地鉄とされる。
刃文(はもん) 焼幅の広い広直刃で地味な作柄とされる一方、別の解説では足の入った互の目乱れや湾れを得意としたとされ、刀工により幅がある。

「江戸新刀」の一般像であり、武蔵の刀工全てが広直刃・黒みの地鉄というわけではない。虎徹は互の目・数珠刃、石堂派は福岡一文字に倣うなど系統差が大きく、出典間でも刃文の説明が異なる。

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同じ時代・同じ国(新刀・武蔵)の刀工

武蔵国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

兼植(江戸)は、業物位列で「業物」と位置づけられている新刀の刀工です。武蔵国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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