伯耆守信高(二代)(ほうきのかみのぶたか)は、業物位列で「業物」、刀剣要覧の位列で「新刀・上作」、刀工辞典の位列で「新刀・上作」に位置づけられている刀工です。
基本情報
| 刀工名 | 伯耆守信高(二代) |
|---|---|
| 読み | ほうきのかみのぶたか |
| 時代 | 新刀 |
| 国 | 尾張 |
| 代 | 二代 |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 業物位列 | 業物 | Wikipediaは「伯耆守信高(初二代)」で1項目。 |
| 刀剣要覧の位列 | 新刀・上作 | 第22版 |
| 刀工辞典の位列 | 新刀・上作 | — |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 業物位列:「業物」——この位列に掲載された172工のうちの一人で、4段階中、上から4番目の位です。江戸時代の試し斬りの結果をもとにした、切れ味の格付けです。刀の美しさや出来を評価したものではありません。(一覧を見る)
- 刀剣要覧の位列:「新刀・上作」——新刀の部に掲載された541工のうちの一人で、5段階中、上から3番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
- 刀工辞典の位列:「新刀・上作」——新刀の部に掲載された478工のうちの一人で、5段階中、上から3番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
新刀(慶長年間〜江戸中期)
新刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)から江戸時代中期ごろまでに作られた日本刀を指します。戦乱が収まって城下町が整えられ、刀工が各地の城下に集まって作刀するようになり、華やかな刃文の作も多く生まれました。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
尾張の新刀の作風の傾向
美濃の関で栄えた刀工の一部が戦国末〜江戸初期に尾張へ移り、「尾張関」を形成して織田・徳川など天下人に仕えたとされる。徳川義直の尾張藩成立と名古屋城築城に伴い美濃から多くの刀工が移住し、美濃伝の関物系の流れで実戦での使いやすさ・切れ味を重んじる傾向があったと解説される。
以下は産地全体の一般的な傾向で、個々の刀工によって異なります。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 慶長新刀の影響を受け、身幅が広く反りが浅い姿とされる。尾張関では鎬が高い造り込みとも説明される。 |
| 地鉄(じがね) | 杢目肌に柾目肌が交じる、青黒く冴えた肌質とされる。板目肌に杢目が交じるとする解説もある。 |
| 刃文(はもん) | 大湾れや大互の目乱れなど華やかな焼きが特徴とされ、政常系は互の目乱れ・湾れ、短刀は直刃調が多いとされる。志賀関の兼延のように皆焼など変化に富む刃文を焼く工もいる。 |
尾張には美濃系・伊勢系などが移住しており、工ごとの作域差が大きい。上記は一般的傾向にとどまる。
関連する刀工・ページ
同じ時代・同じ国(新刀・尾張)の刀工
尾張国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
伯耆守信高(二代)は、業物位列で「業物」、刀剣要覧の位列で「新刀・上作」、刀工辞典の位列で「新刀・上作」と位置づけられている新刀の刀工です。尾張国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。
出典
- https://ja.wikipedia.org/wiki/刀剣の業物一覧
- http://www.tsuruginoya.com/mn1_6/mn6_5_4.html
- https://katananokura.jp/hpgen/HPB/entries/50.html
- https://k.n-owner.jp/刀を知る/新刀列位
- https://www.tsuruginoya.com/infomation/data/iretsu-shinto
- https://k.n-owner.jp/刀を知る/新刀列位/
- https://www.meihaku.jp/sword-basic/owarisansaku/
- https://www.meihaku.jp/touken-girl-discussion/sword-shinto/
- https://www.touken-collection-nagoya.jp/touken-aichi-nagoya/aichi-nagoya-swordsmith/