刀の銘に「備前国」「相州」…これはどこ?
日本刀の茎(なかご)に切られた銘(めい)を見ると、「備前国長船住〇〇」「濃州関住〇〇」のように、刀工の名前の前に地名が入っていることがよくあります。ところが、この地名は「備前」「濃州」といった昔の国の名前で書かれているため、初めて見る方には、今のどこにあたるのか分かりにくいものです。
この記事では、日本刀の銘や刀工名に出てくる旧国名を、古代の地方区分である五畿七道(ごきしちどう)ごとに一覧にし、現在の都道府県との対応や刀剣での主な例をまとめました。「〇州」という別称の早見表も載せています。
旧国名とは?まず結論
旧国名(きゅうこくめい)とは、古代の律令制(りつりょうせい)で定められた「国」の名前で、明治時代まで地名として使われ続けました。日本刀の銘の地名はほぼすべてこの旧国名で書かれており、一般的には畿内5か国と七道の国々・2島を合わせた「68か国」で数えます。
五畿七道とは
五畿七道とは、都の周辺の「畿内(きない)」と、そこから延びる7つの道(東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)に国々を振り分けた古代の地方区分です。「東海道」「山陽道」は現在も地域名や路線名に残っていますね。刀剣の世界では、五箇伝(ごかでん)の大和・山城・備前・相模・美濃のように、国名がそのまま伝法(でんぽう)や作風の呼び名になっていることが多いため、旧国名を知ると刀の理解が一気に進みます。詳しくは五箇伝とはをご覧ください。
旧国名の使い方(銘・登録証・刀工名の読み方)
銘での書かれ方
銘では「国名+国(くに)」「国名+住(じゅう)」という形がよく見られます。たとえば「備前国長船住長光」なら「備前国(現在の岡山県南東部)の長船に住む長光」という意味です。「住」は「そこに住んでいる」ことを示す言葉です。国名だけでなく、長船や関のような村・町の名まで書かれることもあります。銘の基本は銘とはで解説しています。
「州」を使った別称
銘や刀剣書では、国名の一文字に「州(しゅう)」を付けた別称もよく使われます。相模を「相州(そうしゅう)」、美濃を「濃州(のうしゅう)」と呼ぶのがその例で、「相州伝」という呼び名もここから来ています。ただし「備州」や「筑州」のように、複数の国(備前・備中・備後など)を指しうる呼び方もあるため、前後の地名や刀工名とあわせて判断します。
登録証や刀工名での読み方
銃砲刀剣類登録証(とうろくしょう)の「銘文」欄には、茎に刻まれた銘が書き写されます。ですから「濃州関住兼元」とあれば、「美濃国の関(現在の岐阜県関市周辺)の兼元」と読めます。登録証の見方は銃砲刀剣類登録証とはもあわせてご覧ください。また、刀工の呼び方として「備前長船〇〇」「肥前忠吉」のように、国名を名前の前に付ける習慣があります。同じ名前の刀工が各地にいるため、国名は刀工を区別する大切な手がかりなのです。
旧国名一覧(五畿七道別)
現在の都道府県は、おおよその対応です。旧国の境界と現在の県境は一致しない部分が多いため、目安としてご覧ください。「刀剣での主な例」は、当サイトの伝・流派記事などで扱っている代表的なものに絞っています(―は本表では取り上げていないという意味で、刀工がいなかったという意味ではありません)。
畿内(きない)5か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 山城(やましろ) | 京都府南部 | 山城伝:三条派・粟田口派・来派(山城伝) |
| 大和(やまと) | 奈良県 | 大和伝:大和五派(大和伝) |
| 河内(かわち) | 大阪府東部 | ― |
| 和泉(いずみ) | 大阪府南西部 | ― |
| 摂津(せっつ) | 大阪府北部・兵庫県南東部 | 江戸時代の大坂新刀(津田越前守助広など) |
東海道(とうかいどう)15か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 伊賀(いが) | 三重県西部 | ― |
| 伊勢(いせ) | 三重県の大部分 | ― |
| 志摩(しま) | 三重県志摩地方 | ― |
| 尾張(おわり) | 愛知県西部 | ― |
| 三河(みかわ) | 愛知県東部 | ― |
| 遠江(とおとうみ) | 静岡県西部 | ― |
| 駿河(するが) | 静岡県中部 | ― |
| 伊豆(いず) | 静岡県伊豆半島・東京都伊豆諸島 | ― |
| 甲斐(かい) | 山梨県 | ― |
| 相模(さがみ) | 神奈川県の大部分 | 相州伝:正宗など(相州伝) |
| 武蔵(むさし) | 東京都・埼玉県・神奈川県東部 | 江戸の新刀(長曽祢虎徹など) |
| 安房(あわ) | 千葉県南部 | ― |
| 上総(かずさ) | 千葉県中部 | ― |
| 下総(しもうさ) | 千葉県北部・茨城県南西部など | ― |
| 常陸(ひたち) | 茨城県の大部分 | ― |
東山道(とうさんどう)8か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 近江(おうみ) | 滋賀県 | ― |
| 美濃(みの) | 岐阜県南部 | 美濃伝:関物(兼元・兼定など。美濃伝・関物) |
| 飛騨(ひだ) | 岐阜県北部 | ― |
| 信濃(しなの) | 長野県 | ― |
| 上野(こうずけ) | 群馬県 | ― |
| 下野(しもつけ) | 栃木県 | ― |
| 陸奥(むつ) | 福島県・宮城県・岩手県・青森県と秋田県の一部 | ― |
| 出羽(でわ) | 山形県・秋田県 | ― |
北陸道(ほくりくどう)7か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 若狭(わかさ) | 福井県南部 | ― |
| 越前(えちぜん) | 福井県北部 | ― |
| 加賀(かが) | 石川県南部 | ― |
| 能登(のと) | 石川県北部 | ― |
| 越中(えっちゅう) | 富山県 | ― |
| 越後(えちご) | 新潟県(佐渡を除く) | ― |
| 佐渡(さど) | 新潟県佐渡島 | ― |
山陰道(さんいんどう)8か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 丹波(たんば) | 京都府中部・兵庫県東部 | ― |
| 丹後(たんご) | 京都府北部 | ― |
| 但馬(たじま) | 兵庫県北部 | ― |
| 因幡(いなば) | 鳥取県東部 | ― |
| 伯耆(ほうき) | 鳥取県中西部 | ― |
| 出雲(いずも) | 島根県東部 | ― |
| 石見(いわみ) | 島根県西部 | ― |
| 隠岐(おき) | 島根県隠岐諸島 | ― |
山陽道(さんようどう)8か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 播磨(はりま) | 兵庫県南西部 | ― |
| 美作(みまさか) | 岡山県北東部 | ― |
| 備前(びぜん) | 岡山県南東部 | 備前伝:古備前・一文字派・長船派(備前伝) |
| 備中(びっちゅう) | 岡山県西部 | 青江派(青江派) |
| 備後(びんご) | 広島県東部 | ― |
| 安芸(あき) | 広島県西部 | ― |
| 周防(すおう) | 山口県東部 | ― |
| 長門(ながと) | 山口県西部 | ― |
南海道(なんかいどう)6か国
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 紀伊(きい) | 和歌山県・三重県南部 | ― |
| 淡路(あわじ) | 兵庫県淡路島 | ― |
| 阿波(あわ) | 徳島県 | ― |
| 讃岐(さぬき) | 香川県 | ― |
| 伊予(いよ) | 愛媛県 | ― |
| 土佐(とさ) | 高知県 | ― |
西海道(さいかいどう)9か国2島
| 旧国名(読み) | 現在の都道府県(おおよそ) | 刀剣での主な例 |
|---|---|---|
| 筑前(ちくぜん) | 福岡県北西部 | 左文字派(相州伝系) |
| 筑後(ちくご) | 福岡県南部 | ― |
| 豊前(ぶぜん) | 福岡県東部・大分県北部 | ― |
| 豊後(ぶんご) | 大分県の大部分 | ― |
| 肥前(ひぜん) | 佐賀県・長崎県 | 江戸時代の肥前刀(忠吉一門) |
| 肥後(ひご) | 熊本県 | ― |
| 日向(ひゅうが) | 宮崎県 | ― |
| 大隅(おおすみ) | 鹿児島県東部 | ― |
| 薩摩(さつま) | 鹿児島県西部 | ― |
| 壱岐(いき) | 長崎県壱岐島 | ― |
| 対馬(つしま) | 長崎県対馬 | ― |
「州」の別称 早見表
銘や刀剣書でよく見る別称をまとめました。読みは原則として音読みで、相州(そうしゅう)、濃州(のうしゅう)、江州(ごうしゅう)、武州(ぶしゅう)のように読みます。
| 別称 | 旧国名 |
|---|---|
| 城州・山州 | 山城 |
| 和州 | 大和 |
| 河州 | 河内 |
| 泉州 | 和泉 |
| 摂州 | 摂津 |
| 勢州 | 伊勢 |
| 尾州 | 尾張 |
| 三州 | 三河 |
| 遠州 | 遠江 |
| 駿州 | 駿河 |
| 甲州 | 甲斐 |
| 相州 | 相模 |
| 武州 | 武蔵 |
| 常州 | 常陸 |
| 江州 | 近江 |
| 濃州 | 美濃 |
| 信州 | 信濃 |
| 上州 | 上野 |
| 野州 | 下野 |
| 奥州 | 陸奥 |
| 羽州 | 出羽 |
| 越州 | 越前・越中・越後の総称的に用いられる |
| 加州 | 加賀 |
| 播州 | 播磨 |
| 備州 | 備前・備中・備後の総称的に用いられる |
| 芸州 | 安芸 |
| 長州 | 長門 |
| 紀州 | 紀伊 |
| 阿州 | 阿波 |
| 讃州 | 讃岐 |
| 土州 | 土佐 |
| 筑州 | 筑前・筑後 |
| 豊州 | 豊前・豊後 |
| 肥州 | 肥前・肥後 |
| 日州 | 日向 |
| 薩州 | 薩摩 |
知っておくべき注意点
国の数は時代によって変わる
「68か国」はあくまで一般的な数え方で、国の数は時代によって変わっています。たとえば奈良時代の713年(和銅6年)には美作国が備前国から、丹後国が丹波国から分かれ、平安時代初期の823年(弘仁14年)には加賀国が越前国から分かれて成立しました。本記事の一覧は、平安時代以降の刀剣の銘を読むのに必要な、一般的な68か国を基準にしています。
陸奥・出羽の分割は明治以降
明治元年12月(旧暦。西暦では1869年1月)、陸奥国は陸奥・陸中・陸前・磐城・岩代の5か国に、出羽国は羽前・羽後の2か国に分けられました。明治2年(1869年)には蝦夷地(えぞち)に北海道の11国が置かれています。そのため「陸前」「羽前」などの国名が銘にある場合は、明治以降の刀と考えるのが自然です。江戸時代以前の刀であれば「陸奥」「出羽」または「奥州」「羽州」と書かれるのが普通です。
国名=作風とは限らない
「備前伝」「美濃伝」のような伝法の名前は作風の系統を表す言葉で、必ずしもその国で作られたことだけを意味しません。江戸時代には、他国の刀工が相州伝風や備前伝風の刀を作ることも盛んでした。また、青江派は備中国の流派で備前国の流派とは別ですが、作風の分類上は備前伝の系統として扱われることがあります。国名と作風は分けて考えるのが安全です。
銘の国名だけで真贋は判断できない
銘の国名は刀工の住所を示す大切な情報ですが、偽銘(ぎめい)の場合は国名も含めて後から切られています。国名が読めたら、時代や作風と矛盾がないかも気にしてみましょう。時代の区分は古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いが参考になります。
まとめ
日本刀の銘に出てくる地名は、五畿七道に分けられた旧国名で書かれています。「国」や「住」の書き方、「州」の別称、陸奥・出羽の明治以降の分割などを押さえておけば、銘や登録証がぐっと読みやすくなります。お手元の刀の銘を、ぜひこの一覧と見比べてみてください。

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