政則(赤松)の位列と基本情報|刀工データベース

政則(赤松)(まさのり)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上作」、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。

赤松政則とは

赤松政則(あかまつまさのり)は、室町時代後期に播磨・備前・美作の守護を務めた武将で、自ら刀を鍛えたことで知られる異色の「大名刀工」です。享徳4年(1455年)に生まれ、明応5年(1496年)に42歳で急死しました。

武将としての経歴

嘉吉の乱で一度滅んだ赤松家は、長禄の変(1458年)を経て政則のもとで再興されました。応仁の乱では東軍に属して山名氏から播磨・備前・美作を奪い返し、晩年には従三位に昇っています。

作刀

政則は備前長船の刀工・宗光に作刀を学んだとされます。姫路市の解説によると、政則の遺作は14口が知られ、播磨国書写坂本、美作国大原、京都の3か所で作られました。そのほとんどは、恩賞として家臣に与えるために特定の相手を指定して打った「為打(ためうち)」です。刀を与えることは、家臣への褒美であると同時に領国をまとめる手段でもあったと考えられています。

代表作

  • 姫路市指定重要有形文化財 赤松政則刀(姫路市立美術館)…延徳元年(1489年)、美作国大原の陣中で作り、側近の小倉則純に与えたと伝わる刀です。

鑑賞・購入のポイント

  • 現存作が十数口と少なく、多くは由緒とともに伝来しています。市場で見かけることはまれで、在銘作をうたう品は慎重な確認が必要です。
  • 作風は師系である末備前(長船)の流れの中で見るとわかりやすいでしょう。

基本情報

刀工名 政則(赤松)
読み まさのり
時代 古刀
国 播磨
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 古刀・上作 第22版(古刀の部・四位)
刀工辞典の位列 古刀・上々作 刀工辞典の時代区分:末古刀(寛正-文禄)

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「古刀・上作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から4番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

関連する刀工・ページ

播磨国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

政則(赤松)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上作」、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。播磨国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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