永貞(御勝山)の位列と基本情報|刀工データベース

永貞(御勝山)(ながさだ)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・中上作」に位置づけられている刀工です。

御勝山永貞とは

御勝山永貞(おかちやまながさだ)は、江戸時代後期から幕末にかけて活躍した美濃国出身の刀工です。紀州・伊勢・江戸などを渡り歩いて作刀し、幕末の美濃を代表する名工の一人とされます。刀の棟を三面に造る「三ツ棟」を多用したことが大きな特徴です。

系譜と経歴

本名は松井治一郎。文化6年(1809年)、美濃国不破郡表佐(現在の岐阜県垂井町)に松井直三郎の子として生まれました。銘に見える「御勝山」は表佐の北にある地名で、そのあたりを「御勝山麓」と呼んだことに由来すると考えられています。

はじめ美濃の赤坂千手院鍛冶の流れをくむ刀工に学び、のちに独自の作風を築いたとされます。一時は紀州徳川家の御用鍛冶として紀州に移ったと伝えられ、万延元年(1860年)ごろには伊勢国田丸で、文久2年(1862年)ごろからは江戸青山に住んで作刀しました。明治維新後は郷里に戻り、明治2年(1869年)に没しています。

作風の特徴

項目 特徴
姿 長寸で反りが浅く、身幅が広く中切先が延びた、新々刀らしい豪壮な姿
棟 三ツ棟に造り込むことが多い
刃文 華やかな互の目乱れ

姿は幕末に人気のあった源清麿一門の作に似ていますが、つるぎの屋の解説では、刃文などに清麿一門とは異なる永貞独自の特色があると評されています。

鑑賞・購入のポイント

三ツ棟は永貞を見分ける大きな手がかりです。作には江戸で打ったことを示す「於江府作」「於武州江戸造之」などの添銘や、刀剣ワールド所蔵品のように幕府の試し斬り役・山田家による試し斬りの結果を記した截断銘を伴うものもあり、銘文から制作地や切れ味の評価がわかる場合があります。

基本情報

刀工名 永貞(御勝山)
読み ながさだ
時代 新々刀
国 —
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 新々刀・上々作 第22版/名寄せ:旧slug nagasada-shinshinto
刀工辞典の位列 新々刀・中上作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された237工のうちの一人で、4段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「新々刀・中上作」——新々刀の部に掲載された224工のうちの一人で、5段階中、上から4番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新々刀(江戸後期〜明治初期)

新々刀とは、江戸時代後期(1770年代ごろ)から明治9年(1876年)の廃刀令のころまでに作られた日本刀を指します。水心子正秀らが古刀の作風への復古を唱えたことで知られます。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

まとめ

永貞(御勝山)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・中上作」と位置づけられている新々刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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