本阿弥家とは?刀剣鑑定の家の歴代と折紙の意味

本阿弥家とは?
目次

「本阿弥の折紙付き」と言われても、ピンとこない方へ

名刀の解説を読んでいると、「本阿弥家(ほんあみけ)の折紙(おりがみ)が付く」「本阿弥光徳(こうとく)の極め」といった言葉がよく出てきます。また、日常でも「折紙付き」という表現を耳にしますよね。でも、本阿弥家とはどんな家で、折紙が何を意味するのかまでは、意外と知られていません。

この記事では、本阿弥家の成り立ちと歴代、本阿弥光悦(こうえつ)との関係、折紙の意味と注意点、そして現代の鑑定書との違いを初心者向けに整理します。

本阿弥家とは、室町時代から江戸時代にかけて刀剣の研ぎ・手入れ・鑑定を家業とした一族で、刀の作者や価値を記した鑑定書「折紙」を発行した家です。

本阿弥家とは:刀の研ぎと鑑定を担った家

成り立ち:祖とされる妙本と諸説

刀剣ワールドの解説によると、本阿弥家の祖は本阿弥妙本(みょうほん)とされ、室町幕府の初代将軍・足利尊氏に同朋衆(どうぼうしゅう:将軍の側で芸能や雑務を担った人々)として仕えたと伝えられます。一方、Wikipedia「本阿弥氏」では、祖先について五条家の人物に結びつける説など複数の説が紹介されており、起源は諸説あるといえます。

本阿弥家は、刀を研ぐ・手入れする・鑑定する仕事で武家の信頼を得ていきました。研ぎについては「日本刀の研ぎとは」も参考にしてください。

歴代当主(確認できた範囲)

本阿弥家には本家のほかに多くの分家があり、当主の数え方も資料によって異なることがあります。ここでは、刀剣ワールドの解説で確認できた折紙に関わる主な当主に絞って紹介します。

代 名 主な事績・生没年
初代 妙本(みょうほん) 家の祖とされる(諸説あり)
9代 光徳(こうとく) 1556〜1619年(コトバンク)。本阿弥家「中興の祖」とされ、折紙発行を始めた
11代 光温(こうおん) 1603〜1667年
12代 光常(こうじょう) 1642〜1710年
13代 光忠(こうちゅう) 〜1725年。享保名物帳をまとめたとされる
14代 光勇(こうゆう) 1703〜1760年

※10代など表に載せていない当主もいます。読みは一般的なものを示しました。

光悦との関係

本阿弥光悦は、書や陶芸、漆芸などで知られる江戸時代初期の芸術家です。刀剣ワールドや名古屋刀剣博物館の解説では、光悦は光徳の従兄弟(いとこ)とされ、宗家に対して分家筋の人物と説明されています。Wikipediaでも、光悦は刀剣の鑑定にとどまらず書画・茶器など幅広い美術分野で活躍したと紹介されています。刀の家に生まれた芸術家、と覚えるとよいでしょう。

折紙とは:本阿弥家が発行した鑑定書

刀剣ワールドの解説によると、豊臣秀吉が光徳を「刀剣極所(きわめどころ)」に任命し、折紙の発行を認めたのが始まりとされます。時期は慶長元年(1596年)頃とも慶長2年(1597年)ともいわれます。

名古屋刀剣博物館の解説では、折紙には次のような内容が記されたとされます。

  • 極め(鑑定した作者名)と鑑定結果
  • 寸法や特徴
  • 代付(だいづけ):価値の目安となる金額(「金〇枚」など)
  • 年月日と鑑定者の名
  • 裏に押された「本」の角印

1枚の紙を横に二つ折りにして使ったことから「折紙」と呼ばれ、確かな品質を意味する「折紙付き」という言葉の由来にもなりました。なお、代付は実際の売買価格ではなく、価値を示す指標だった点に注意が必要です。

折紙付きの刀を見るときのポイント

折紙付きの刀を見る機会があったら、次の順で確認すると理解しやすくなります。まず、極めに書かれた作者名を確認し、茎(なかご)の銘と一致しているか、無銘の刀に作者が推定されたものかを見ます。次に、寸法が実物と合っているかを確かめます。最後に、発行年月日と鑑定者の名から、どの時代の当主による折紙なのかを確認します。

折紙そのものも歴史資料としての価値を持つため、刀と一緒に大切に保管されてきました。読み方が分からない場合は、刀剣店や専門家に説明を求めるのが確実です。

享保名物帳との関係

『享保名物帳(きょうほうめいぶつちょう)』は、名刀(名物)を記録した台帳です。刀剣ワールドの解説では、13代・光忠がまとめ、8代将軍徳川吉宗へ献上したとされます。正宗や粟田口派の作など、現在も名物として知られる刀の多くがここに記録されています。詳しくは「正宗とは」「粟田口派とは」もご覧ください。

知っておくべき注意点・失敗例

折紙の信頼性は時代によって異なる

名古屋刀剣博物館の解説では、10〜13代の頃の折紙は「古折紙」と呼ばれ、特に信頼性が高いとされます。一方で、江戸時代中期の田沼時代には折紙が乱発され、「田沼折紙」とも呼ばれたと説明されています。折紙があればすべて安心、というわけではありません。

また、名古屋刀剣博物館の解説では、本阿弥家で正式な折紙を発行したのは本家のみで、一定以上の価値(金5両以上)の刀でないと発行されなかったとされます。「本阿弥の鑑定」とうたっていても、本家の折紙なのか、別の書付なのかを区別することが大切です。

偽物・「合わせ折紙」に注意

本阿弥家の折紙は高く評価されたため、偽物も作られたとされます。また、別の刀の折紙を付けて価値を高く見せる「合わせ折紙」という行為もあったといわれます。古い折紙が付いた刀を検討する際は、書かれた寸法や特徴が実物と一致しているか、信頼できる刀剣店で確認しましょう。

現代の鑑定書とは別物

本阿弥家の折紙は現在は発行されておらず、現代では公益財団法人日本美術刀剣保存協会(にほんびじゅつとうけんほぞんきょうかい)の審査による鑑定書が広く使われています。

項目 本阿弥家の折紙 日本美術刀剣保存協会の鑑定書
時代 安土桃山〜江戸時代 現代
発行者 本阿弥家(本家) 公益財団法人
価値の示し方 代付(金額の目安) 保存・特別保存・重要・特別重要などの区分

現代の鑑定書の区分や見方は「日本刀の鑑定書とは」で解説しています。古い折紙がある刀でも、購入時は現代の鑑定書の有無もあわせて確認すると安心です。

切れ味の評価とは別の軸

本阿弥家の極めは作者や価値の鑑定で、切れ味を格付けした山田浅右衛門の業物位列とは目的が異なります。混同しないようにしましょう。

まとめ

  • 本阿弥家は刀の研ぎ・手入れ・鑑定を家業とした一族。祖は妙本とされるが諸説ある
  • 9代光徳が秀吉から折紙の発行を認められたとされ、中興の祖と呼ばれる
  • 光悦は光徳の従兄弟とされる分家筋の芸術家
  • 13代光忠が享保名物帳をまとめたとされる
  • 折紙は時代で信頼性が異なり、偽物にも注意。現代の鑑定書とは別物

本阿弥家の歴史を知ると、名刀の解説に出てくる「極め」や「代付」の意味が分かり、刀の来歴を読む楽しさが広がります。ぜひ気になる名刀の由来を調べてみてください。

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