正幸(伯耆守)(まさゆき)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
伯耆守正幸とは
伯耆守正幸(ほうきのかみまさゆき)は、江戸時代後期に薩摩国で活躍した刀工です。薩摩藩のお抱え刀工で、九州国立博物館は薩摩藩を代表する刀工と評しています。80歳を超えるまで作刀を続けた長命の刀工でもあります。
系譜と経歴
九州国立博物館の解説によると、生没年は1733年から1818年で、通称は伊地知次右衛門。安永元年(1772年)から作刀を始め、はじめは祖父・父と同じ「正良」と名乗って薩摩藩のお抱え工となりました。寛政元年(1789年)に伯耆守を受領すると、「正良」の名を嫡男に譲り、自らは「正幸」と銘を改めています。父は二代伊地知正良で、正幸は三代目にあたるとされます。
九州国立博物館が所蔵する島津家伝来の刀には「文化四年卯二月七十五歳造」と刻まれており、70代半ばでも優れた作を残していたことがわかります。
作風の特徴
| 項目 | 特徴 |
|---|---|
| 姿 | 身幅が広く、重ねが厚い豪壮な造り込み。平肉が豊かにつく |
| 刃文 | 湾れに尖りごころの刃を交え、匂が深く荒沸がつく |
| 銘 | 受領後は「伯耆守平朝臣正幸」と切る |
代表作
- 刀 銘 伯耆守平朝臣正幸/文化四年卯二月七十五歳造(九州国立博物館所蔵):文化4年(1807年)の作で、刃長72.1cm。薩摩藩主島津家に伝来し、地刃・茎ともに健全な、円熟期の代表作と評価されています。
鑑賞・購入のポイント
寛政元年の受領を境に「正良」から「正幸」へ銘が変わるため、「正良」銘の作が正幸本人の初期作か、名を譲られた嫡男の作かを見分ける必要があります。年紀に年齢を添えた作もあり、制作時期を知る手がかりになります。
基本情報
| 刀工名 | 正幸(伯耆守) |
|---|---|
| 読み | まさゆき |
| 時代 | 新々刀 |
| 国 | — |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 新々刀・上々作 | 第22版 |
| 刀工辞典の位列 | 新々刀・上々作 | — |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された237工のうちの一人で、4段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
- 刀工辞典の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された224工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
新々刀(江戸後期〜明治初期)
新々刀とは、江戸時代後期(1770年代ごろ)から明治9年(1876年)の廃刀令のころまでに作られた日本刀を指します。水心子正秀らが古刀の作風への復古を唱えたことで知られます。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
まとめ
正幸(伯耆守)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・上々作」と位置づけられている新々刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。