景長(正応)(かげなが)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
因幡の景長(正応)とは
景長(かげなが)は、因幡国(現在の鳥取県東部)で活動した刀工で、「因幡小鍛冶」と称される一派の祖とされます。鎌倉時代後期の正応ごろに因幡へ移ったと伝えられます。
系譜と経歴
初代景長は、京の粟田口の吉正の弟子とも、さらにさかのぼって粟田口国吉や吉光の弟子とも伝えられ、諸説があります。通称は藤左衛門といい、はじめ吉正と名乗り、因幡へ移って景長と改めたとする説もあります。のちに三代目のころには鳥取城下に移住したとされます。
作風の特徴
- 粟田口風の肌目で、細身の姿に直刃を焼くとされます。
- 帽子は京の来派に似るといわれます。
- 沸は肥後の延寿派に似るといわれます。
- 刀姿は応永備前の盛光・康光と見まがうともいわれます。
景長の銘は代々続いており、至徳・応永など室町期の年紀を持つ作も伝わります。
鑑賞・購入のポイント
景長の名は後代にも受け継がれているため、在銘作は鎌倉期の初代のものか、室町期の代のものか見極める必要があります。粟田口の作に見まがう作風もあるため、断定は避け鑑定書を確認してください。
基本情報
| 刀工名 | 景長(正応) |
|---|---|
| 読み | かげなが |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | 因幡 |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 古刀・上々作 | 第22版(古刀の部・三位) |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から3番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
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因幡国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
景長(正応)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。因幡国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。