兼重(初代)(和泉守)(かねしげ)は、刀剣要覧の位列で「新刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
和泉守兼重(初代)とは
和泉守兼重(いずみのかみかねしげ)は、江戸時代前期に武蔵国江戸で作刀した刀工です。藤堂家に仕えた刀工として知られ、剣豪・宮本武蔵の愛刀の作者と伝えられることでも有名です。古くから長曽祢虎徹の師とも伝えられてきました。
系譜と経歴
確認できる最も古い年紀作は寛永2年(1625年)のものとされます。藤堂家への仕官には宮本武蔵が口添えをしたという話が伝わっており、武蔵が所持した刀の一振も兼重の作とされています。
同じ江戸で活躍した上総介兼重とは、かつて「同一人物で、仕官先の藤堂和泉守に遠慮して和泉守から上総介へ名乗りを改めた」と考えられていました。しかし、上総介兼重の寛文7年(1667年)の合作刀に「四十三歳」と年齢が刻まれていたことから、和泉守兼重の最初の年紀作が作られた寛永2年には上総介兼重はまだ2歳だったことになり、現在では別人とする見方が有力です。上総介兼重は和泉守兼重の子または弟子とされています。
作風の特徴
| 項目 | 特徴 |
|---|---|
| 地鉄 | よく詰んだ小杢目肌で、地が冴える |
| 刃文 | 焼幅の広い湾れに互の目をまじえ、匂い深く沸がつく |
こうした作風は、のちの虎徹にも影響を与えたとされます。
鑑賞・購入のポイント
和泉守兼重の作は数が少なく、上総介兼重の作の方が比較的多く残っています。「兼重」の銘だけでは両者の区別がつかないため、受領名(和泉守か上総介か)を必ず確認しましょう。
基本情報
| 刀工名 | 兼重(初代)(和泉守) |
|---|---|
| 読み | かねしげ |
| 時代 | 新刀 |
| 国 | — |
| 代 | 初代 |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 新刀・上々作 | 第22版 |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「新刀・上々作」——新刀の部に掲載された541工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
新刀(慶長年間〜江戸中期)
新刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)から江戸時代中期ごろまでに作られた日本刀を指します。戦乱が収まって城下町が整えられ、刀工が各地の城下に集まって作刀するようになり、華やかな刃文の作も多く生まれました。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
まとめ
兼重(初代)(和泉守)は、刀剣要覧の位列で「新刀・上々作」と位置づけられている新刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。