直勝(次郎太郎)の位列と基本情報|刀工データベース

直勝(次郎太郎)(なおかつ)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・上々作」に位置づけられている刀工です。

次郎太郎直勝とは

次郎太郎直勝(じろうたろうなおかつ)は、江戸時代後期に活躍した刀工です。江戸三作の一人に数えられる大慶直胤の弟子で、師の娘をめとって婿養子となりました。上野国館林藩の秋元家に仕えています。

系譜と経歴

名刀幻想辞典によると、文化2年(1805年)に館林で生まれました。本名は荘司次郎太郎です。大慶直胤に入門し、のちに師の娘と結婚して養子となりました。師の直胤も館林藩秋元家の屋敷に身を寄せていた刀工で、直勝も同じく秋元家に仕えています。

銘は、はじめ「上総次郎直勝」と切り、のちに「荘司次郎太郎直勝」と切りました。「次郎」の字は、師の直胤が初期に用いていた銘から受け継いだものとされます。安政5年(1858年)に53歳で没し、子が二代直勝として家を継ぎました。

作風の特徴

名刀幻想辞典には、嘉永元年(1848年)の年紀がある「荘司次郎太郎藤原直勝」銘の刀(刃長約72cm)が、備前の兼光を写した作として紹介されています。

鑑賞・購入のポイント

直勝の名は子の二代にも受け継がれているため、「直勝」銘の作は代の確認が必要です。初代は「上総次郎直勝」「荘司次郎太郎直勝」と銘を改めているので、銘の形式と年紀が区別の手がかりになります。

基本情報

刀工名 直勝(次郎太郎)
読み なおかつ
時代 新々刀
国 —
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 新々刀・上々作 第22版/名寄せ:旧slug naokatsu-shinshinto
刀工辞典の位列 新々刀・上々作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された237工のうちの一人で、4段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された224工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新々刀(江戸後期〜明治初期)

新々刀とは、江戸時代後期(1770年代ごろ)から明治9年(1876年)の廃刀令のころまでに作られた日本刀を指します。水心子正秀らが古刀の作風への復古を唱えたことで知られます。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

まとめ

直勝(次郎太郎)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・上々作」と位置づけられている新々刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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