高天神兼明(たかてんじんかねあき)は、業物位列で「大業物」、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
高天神兼明とは
高天神兼明(たかてんじんかねあき)は、室町時代後期の大永(1521〜1528年)ごろに活動した刀工です。遠江国の高天神城(現在の静岡県掛川市)の城下で刀を鍛えたことから「高天神」の名を冠して呼ばれます。戦国大名の実戦用の刀を手がけた刀工で、江戸時代の試し斬りに基づく評価では大業物に選ばれており、切れ味の評判が高い刀工です。
系譜と経歴
出自については資料によって書き方が異なります。Wikipediaでは遠江国の出身で、もとの名を右衛門四郎としています。一方、刀剣ワールドは美濃国から遠江国へ移って作刀したと説明しています。名に「兼」の字を用いる点は美濃の刀工に多い特徴ですが、出身地は諸説あるものとして受け止めてください。
経歴で最もよく知られているのは、甲斐の武田家とのかかわりです。武田家に招かれて高天神城下で作刀したと伝えられ、のちに名を「虎明」と改めました。これは武田信虎から「虎」の一字を授かったためとされます。主君が家臣や職人に自分の名の一字を与える「偏諱(へんき)」の慣習によるもので、刀剣ワールドは、信虎が兼明の刀の切れ味に感心したことが理由だと紹介しています。高天神城は戦国時代に武田氏と徳川氏が激しく奪い合った城で、兼明の活動はそうした戦乱の地と結びついています。
鑑賞・購入のポイント
市場に出る作は室町時代後期の短刀などが見られます。「兼明」と銘を切った刀工はほかにもいる可能性があるため、「高天神」の冠称で呼ばれる遠江の兼明の作かどうかは、銘の書体や時代を専門家の鑑定書で確かめるのが安全です。「虎明」銘の作も同じ刀工の改名後の作とされますが、改名の時期は確認できていません。
基本情報
| 刀工名 | 高天神兼明 |
|---|---|
| 読み | たかてんじんかねあき |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | 遠江 |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 業物位列 | 大業物 | — |
| 刀工辞典の位列 | 古刀・上々作 | 刀工辞典の時代区分:末古刀(寛正-文禄)/同一出典内に同名が別掲載あり(末古刀・上作)。同一人の重複掲載か別人(別代)かは出典から判断できないため、別slugとした。 |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 業物位列:「大業物」——この位列に掲載された172工のうちの一人で、4段階中、上から2番目の位です。江戸時代の試し斬りの結果をもとにした、切れ味の格付けです。刀の美しさや出来を評価したものではありません。(一覧を見る)
- 刀工辞典の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
関連する刀工・ページ
同じ時代・同じ国(古刀・遠江)の刀工
遠江国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
高天神兼明は、業物位列で「大業物」、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。遠江国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。
出典
- https://ja.wikipedia.org/wiki/刀剣の業物一覧
- http://www.tsuruginoya.com/mn1_6/mn6_5_4.html
- https://www.meihaku.jp/sword-basic/owazamono-21/
- https://www.tsuruginoya.com/infomation/data/iretsu-koto
- https://k.n-owner.jp/刀を知る/new刀を知る 古刀列位/
- https://ja.wikipedia.org/wiki/高天神兼明
- https://www.touken-world.jp/tips/57646/
- https://www.nipponto.co.jp/swords3/KT326344.htm