正繁(手柄山)の位列と基本情報|刀工データベース

正繁(手柄山)(まさしげ)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・上々作」に位置づけられている刀工です。

手柄山正繁とは

手柄山正繁(てがらやままさしげ)は、江戸時代後期に活躍した刀工です。播磨国姫路の刀工の家に生まれ、老中・松平定信に召し抱えられて江戸で作刀しました。「手柄山」の名は、姫路の手柄山の麓に住んだことに由来します。定信から賜った「神妙」の二字を会心の作に切ったことで知られています。

系譜と経歴

白河市の解説によると、播州姫路の刀工の子で、兄を助けて大坂で鍛刀していました。天明8年(1788年)冬、陸奥国白河藩主で老中の松平定信に召し抱えられ、江戸に移ります。刀剣ワールドは、このとき500石で召し抱えられたと紹介しています。享和3年(1803年)には甲斐守を受領しました。

正繁は定信に重用され、晩年には定信から「神妙」の二字を授けられました。正繁はこの二字を、自ら満足のいった作にだけ銘として切り添えたと伝えられます。白河市指定文化財の脇差には文政2年(1819年)の年紀があり、正繁60歳の作とされています。

作風の特徴

項目 特徴
刃文 大互の目乱れ。匂深く小沸がつき、足がしっかり入る
銘 「奥州白川臣手柄山正繁」「手柄山甲斐守正繁」など。会心作には「神妙」を添える

刀剣ワールドが所蔵する重要刀剣の刀(寛政9年、江戸駿河台での作)は、大互の目乱れを焼いた正繁の典型作とされています。

代表作

  • 脇差 銘「神妙 手柄山甲斐守正繁」(白河市指定文化財、個人蔵):刃長41.8cm。裏銘に文政2年8月日とあり、「神妙」を切り添えた会心作の例です。平成6年(1994年)に指定されました。

鑑賞・購入のポイント

「神妙」の添銘は正繁自身が会心作と認めた証とされ、特に珍重されます。受領前は「奥州白川臣」などと仕官先を記し、享和3年の受領後は「甲斐守」を名乗るため、銘から時期を判断しやすい刀工です。

基本情報

刀工名 正繁(手柄山)
読み まさしげ
時代 新々刀
国 —
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 新々刀・上々作 第22版
刀工辞典の位列 新々刀・上々作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された237工のうちの一人で、4段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「新々刀・上々作」——新々刀の部に掲載された224工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新々刀(江戸後期〜明治初期)

新々刀とは、江戸時代後期(1770年代ごろ)から明治9年(1876年)の廃刀令のころまでに作られた日本刀を指します。水心子正秀らが古刀の作風への復古を唱えたことで知られます。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

まとめ

正繁(手柄山)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新々刀・上々作」と位置づけられている新々刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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