明寿(埋忠)の位列と基本情報|刀工データベース

明寿(埋忠)(みょうじゅ)は、刀剣要覧の位列で「新刀・最上作」、刀工辞典の位列で「新刀・最上作」に位置づけられている刀工です。

埋忠明寿とは

埋忠明寿(うめただみょうじゅ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて山城国(現在の京都府)で活躍した刀工・金工です。新しい鍛刀技術を開いた「新刀の祖」とされ、刀身彫刻や鐔(つば)などの金工でも優れた作品を残した多才な名工です。

系譜と経歴

永禄元年(1558年)に生まれ、寛永8年(1631年)に没したとされます。埋忠家はもともと足利将軍家に仕えた金工の家柄で、明寿も金工を本業としていたため、刀の作は多くありません。

明寿は「水へし(水挫し)」と呼ばれる鍛錬の技法を考案したとされ、新刀期の刀づくりに大きな影響を与えました。門人には肥前の初代忠吉らがいて、明寿のもとで学んだ技術が各地に広がっていきました。

埋忠派は刀の製作だけでなく、長い太刀を短く仕立て直す「磨上げ(すりあげ)」や、茎(なかご)に金象嵌で銘を入れる仕事でも知られています。名刀の磨上げや金象嵌銘に「埋忠」の名が見られるのはこのためです。

作風の特徴

項目 特徴
作刀 刀の作は少なく、短刀・脇差が中心
彫物 不動明王や龍などの精緻な刀身彫刻。金工出身ならではの技量が見どころ
金工 鐔などの刀装具にも優れた作品を残す

彫物の見事さは、刀工であると同時に一流の金工でもあった明寿ならではの魅力です。新刀期の特徴については日本刀の時代区分も参考にしてください。

代表作

明寿の作には重要文化財に指定されたものが複数あり、2020〜2021年には各地の美術館で明寿を取り上げた展覧会も開かれました。

鑑賞・購入のポイント

  • 明寿の刀は現存数が少なく、在銘品はたいへん貴重です。購入を検討する場合は鑑定書を必ず確認しましょう。
  • 「埋忠」の金象嵌銘は磨上げや鑑定に関わる仕事の記録であり、刀そのものの作者名とは限りません。混同に注意しましょう。
  • 刀身だけでなく、鐔などの金工作品もあわせて鑑賞すると、明寿の多才さがよくわかります。

基本情報

刀工名 明寿(埋忠)
読み みょうじゅ
時代 新刀
国 —
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 新刀・最上作 第22版
刀工辞典の位列 新刀・最上作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「新刀・最上作」——新刀の部に掲載された541工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「新刀・最上作」——新刀の部に掲載された478工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新刀(慶長年間〜江戸中期)

新刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)から江戸時代中期ごろまでに作られた日本刀を指します。戦乱が収まって城下町が整えられ、刀工が各地の城下に集まって作刀するようになり、華やかな刃文の作も多く生まれました。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

まとめ

明寿(埋忠)は、刀剣要覧の位列で「新刀・最上作」、刀工辞典の位列で「新刀・最上作」と位置づけられている新刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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