清麿(山浦)(きよまろ)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・最上作」、刀工辞典の位列で「新々刀・最上作」に位置づけられている刀工です。
山浦清麿とは
山浦清麿(やまうらきよまろ)は、江戸時代後期(幕末)に活躍した新々刀期の刀工です。信濃国(現在の長野県)に生まれ、江戸の四谷で作刀したことから「四谷正宗」と称されました。水心子正秀・大慶直胤と並び「江戸三作」に数えられる名工です。「源清麿」とも呼ばれます。
系譜と経歴
文化10年(1813年)、信濃国小県郡(現在の長野県東御市)の名主の家に生まれました。本名は山浦環(たまき)です。兄の山浦真雄(さねお)も優れた刀工として知られています。
はじめは「正行(まさゆき)」、ついで「秀寿(ひでとし)」と名乗り、のちに兵学者の窪田清音(くぼたすがね)から「清」の字を贈られて「清麿」と改めました。窪田清音は清麿の支援者であり、江戸での活動を後押しした人物です。
江戸の四谷に住んで作刀し、数々の名作を生みましたが、42歳で自ら命を絶ちました。墓所は東京都新宿区の宗福寺にあり、区の史跡に指定されています。
作風の特徴
| 項目 | 特徴 |
|---|---|
| 伝法 | 相州伝を基本とする |
| 刃文 | 沸の強い、大きく乱れた刃文 |
| 地鉄 | 地鉄に「金線」と呼ばれる光る筋状の働きが目立つ |
力強く覇気のある作風は、「四谷正宗」の名にふさわしく、正宗に代表される相州伝の迫力を幕末によみがえらせたものといえます。沸や金筋などの用語は刃文の基礎をご覧ください。
鑑賞・購入のポイント
- 清麿は現代でもきわめて人気が高く、作刀期間が短いこともあって真作は貴重です。偽物も多いとされるため、鑑定書を必ず確認しましょう。
- 「正行」「秀寿」「清麿」と銘が時期によって異なります。銘の違いは年代を知る手がかりになります。
- 兄の山浦真雄や門人の作と見比べるのも、鑑賞の楽しみの一つです。
基本情報
| 刀工名 | 清麿(山浦) |
|---|---|
| 読み | きよまろ |
| 時代 | 新々刀 |
| 国 | — |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 新々刀・最上作 | 第22版 |
| 刀工辞典の位列 | 新々刀・最上作 | — |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「新々刀・最上作」——新々刀の部に掲載された237工のうちの一人で、4段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
- 刀工辞典の位列:「新々刀・最上作」——新々刀の部に掲載された224工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
新々刀(江戸後期〜明治初期)
新々刀とは、江戸時代後期(1770年代ごろ)から明治9年(1876年)の廃刀令のころまでに作られた日本刀を指します。水心子正秀らが古刀の作風への復古を唱えたことで知られます。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
まとめ
清麿(山浦)は、刀剣要覧の位列で「新々刀・最上作」、刀工辞典の位列で「新々刀・最上作」と位置づけられている新々刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。