手掻包永(初代)(てがいかねなが)は、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
手掻包永(初代)とは
手掻包永(てがい かねなが)は、鎌倉時代後期の正応年間(1288〜1293)ごろに活躍した大和国の刀工で、大和五派の一つ「手掻派」の祖とされます。奈良・東大寺の転害門(てがいもん)の前に住んだことが、派の名の由来と伝えられます。通称は平三郎とされます。
系譜と経歴
包永の後には「包」の字を持つ刀工が数多く続き、手掻派は室町時代中期の末ごろまで存続しました。包永自身の在銘作は少ないとされます。
作風の特徴
| 項目 | 特徴 |
|---|---|
| 姿 | 均一な反りの典雅な太刀姿。鎬筋が高く、鎬幅の広い造り込み |
| 地鉄 | 小板目に柾目が交じる柾目肌 |
| 刃文 | 直刃を基調に、ほつれ・打ちのけ・食い違い刃・二重刃などが見られる。大和五派のなかでは沸が強く、荒沸が交じる |
代表作
国宝に指定された「太刀 銘 包永」が静嘉堂文庫美術館(東京)に所蔵されています。また、火災を受けながら現存する「児手柏(このてがしわ)」が徳川美術館に伝わることが紹介されています。
鑑賞・購入のポイント
在銘作が少ないため、手掻派の作は「包」の字を持つ後代の刀工との区別が課題になります。無銘の場合は専門家の鑑定書の有無が判断材料になります。
基本情報
| 刀工名 | 手掻包永(初代) |
|---|---|
| 読み | てがいかねなが |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | — |
| 代 | 初代 |
| 流派 | 大和五派 |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀工辞典の位列 | 古刀・上々作 | — |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀工辞典の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
大和五派の作風と鑑定のポイント
以下は大和五派全体の一般的な傾向です。個々の刀工・代によって異なり、例外も多くあります。流派の詳しい解説は大和五派とはをご覧ください。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 鎬筋が高く、鎬幅が広い。当麻派には、切先が詰まった猪首切先(いくびきっさき)の姿が見られるとされる |
| 地鉄(じがね) | 板目肌に柾目肌が交じる。保昌派は全体が柾目肌になる「柾目鍛え」で名高く、尻懸派には「尻懸肌」と呼ばれる独特の肌合いがあるとされる |
| 刃文(はもん) | 中程度の沸(にえ)による直刃が基調。ほつれや二重刃など、刃縁に縦方向の変化が出やすい |
| 帽子(ぼうし) | 焼詰(やきづめ)や掃掛け(はきかけ)など、大和伝らしい帽子が見られる |
| 茎・銘(なかご・めい) | 無銘の作が多く、当麻派はとくに在銘作が少ないとされる。手掻派は「包」の字の銘で知られる |
大和伝(五箇伝)の傾向
大和伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は大和伝とはで解説しています。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 鎬筋が高く張り、鎬幅が広い。刀身の中ほどで反る「中反り(なかぞり)」の姿が多い |
| 地鉄(じがね) | 板目肌に柾目肌が交じる。保昌派のように全体が柾目肌になるものもある |
| 刃文(はもん) | 中程度の沸(にえ)による直刃が基調。ほつれ・打除け(うちのけ)・二重刃・食違刃(くいちがいば)など、刃縁に変化が出やすい |
| 帽子(ぼうし) | 焼刃が返らずに棟へ抜ける「焼詰(やきづめ)」や、箒で掃いたようにかすれる「掃掛け(はきかけ)」が見られる |
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まとめ
手掻包永(初代)は、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。