新藤次郎国広(しんとうじろうくにひろ)|刀工データベース

新藤次郎国広(しんとうじろうくにひろ)は、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」に位置づけられている刀工です。

新藤次郎国広とは

新藤次郎国広(しんとうじろうくにひろ)は、鎌倉時代後期に相模国鎌倉で活躍した刀工です。相州伝の実質的な祖とされる新藤五国光の子と伝えられ、父と同じく短刀を得意としました。「新藤五国広」とも呼ばれます。

系譜と経歴

国広は新藤五国光の次男で、「新藤五次郎」と称したとされます。兄の国泰のあとを継いで「国光」の銘も切り、二代目の国光として活躍したという説があります。在銘作の時期は元徳(1329年)頃とされますが、生没年はわかっていません。

新藤五国光の門下には国広のほか、国泰・国重・行光、そして正宗などがいたと伝わります。鎌倉で相州伝が形づくられていく時期の一員として重要な刀工です。

作風の特徴

父の国光と同様、太刀は知られず短刀の作だけが残るとされます。

見どころ 特徴
姿 国光よりもやや寸が長めの短刀
地鉄 小板目肌。国光に見られる蜘蛛の巣状の地景は現れないとされる
刃文 焼幅の広い直刃
帽子 小丸に返る
銘 二字銘「国廣」または「国光」。長銘に「国廣鎌倉住人」など

直刃などの刃文の種類は刃文の解説、相州伝を含む五つの伝法は五箇伝で紹介しています。

鑑賞・購入のポイント

  • このデータベースでは新藤五国広としても掲載しています。位列資料による呼び名の違いで、同じ刀工を指すと考えられます。
  • 「国広」の名は、新刀の堀川国広など時代の異なる名工にも多く見られます。時代と国を必ず確認しましょう。
  • 国光銘の作もあるため、父・国光の作との区別は専門的な鑑定が必要です。重要文化財に指定された作もあると紹介されており、在銘品は極めて希少です。

基本情報

刀工名 新藤次郎国広
読み しんとうじろうくにひろ
時代 古刀
国 —
代 —

位列

位列 位 備考
刀工辞典の位列 古刀・最上作 刀工辞典の時代区分:中古刀(元応-長禄)

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀工辞典の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

まとめ

新藤次郎国広は、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」と位置づけられている古刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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