国広(新藤五)(くにひろ)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
新藤五国広とは
新藤五国広(しんとうごくにひろ)は、鎌倉時代後期に相模国鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)で作刀した刀工です。相州鍛冶の事実上の祖とされる新藤五国光の子で、父と同じく短刀の名手として知られます。元亨4年(1324年)の年紀を刻んだ短刀が重要文化財に指定されており、鎌倉で作刀したことを銘で確かめられる貴重な刀工です。
系譜と経歴
刀剣ワールドによると、国広は新藤五国光の次男で「新藤五次郎」と呼ばれました。兄の国泰の後を継いで「国光」の銘も切り、二代目国光として活躍したとされます。そのため、国広の作には「国廣」銘のものと「国光」銘のものがあると考えられています。生没年はわかっていません。
作風の特徴
父の国光と同じく太刀の作はなく、短刀のみが知られています。
| 項目 | 特徴(父・国光との比較) |
|---|---|
| 姿 | 父の短刀よりやや長め。内反りごころの作もある |
| 地鉄 | よく詰んだ小板目肌に地沸が厚くつき、地景が入る。父の作に見られる蜘蛛の巣状の肌にはならない |
| 刃文 | 直刃。父より焼幅が広い |
| 銘 | 二字銘「国廣」「国光」、長銘「国廣鎌倉住人」など |
代表作
- 短刀 銘 国広鎌倉住人/元亨四年十月三日(重要文化財、東京国立博物館所蔵):居住地と制作日の両方が刻まれた資料性の高い一振で、細い直刃に小沸がつく、師である父に通じる作風を示しています。
刀剣ワールドによれば、国広の重要文化財は2振が現存します。
鑑賞・購入のポイント
国広は「国光」銘も切ったとされるため、「国光」銘の短刀のなかには国広の作が含まれている可能性があります。父子の作の見分けは、短刀の長さ、刃文の焼幅、地鉄の肌合いが手がかりになりますが、最終的には専門家の判断に委ねられる領域です。
基本情報
| 刀工名 | 国広(新藤五) |
|---|---|
| 読み | くにひろ |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | 相模 |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 古刀・上々作 | 第22版(古刀の部・三位) |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から3番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
相州伝(五箇伝)の傾向
相州伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は相州伝とはで解説しています。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 身幅が広く、切先が延びる豪壮な姿が多い。刀身の中ほどで反る「中反り(なかぞり)」のものも見られる |
| 地鉄(じがね) | 板目肌(大板目が交じるものも)に地沸(じにえ)が厚く付き、地景(ちけい)などの働きが多い |
| 刃文(はもん) | 焼幅が広く、荒い沸が付いた、のたれや互の目(ぐのめ)主体の変化に富んだ乱れ刃。金筋(きんすじ)・稲妻(いなずま)などの働きが見られる |
| 帽子(ぼうし) | 沸の強い乱れ込みで、掃きかけ(はきかけ)るものなどが見られるとされる |
関連する刀工・ページ
同じ時代・同じ国(古刀・相模)の刀工
相模国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
国広(新藤五)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。相模国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。