藤島友重(ふじしまともしげ)は、業物位列で「大業物」に位置づけられている刀工です。
藤島友重とは
藤島友重(ふじしまともしげ)は、加賀国(現在の石川県)の刀工一派「藤島派」が代々名乗った名です。ここで取り上げるのは、そのうち室町時代中期の文明(1469〜1487年)ごろに活動した友重です。江戸時代後期の刀剣書『古今鍛冶備考』は、文明ごろの藤島友重を大業物に分類しており、古くから「よく切れる刀」として重んじられてきました。
系譜と経歴
藤島派の祖となった初代友重は、越前国吉田郡藤島(現在の福井県)の出身で、鎌倉時代後期の山城の名工来国俊の門人になったと伝えられます。のちに加賀国石川郡泉村に移り住み、この地で一派を開きました。出身地の「藤島」がそのまま派の名前になっています。
友重の名は代々受け継がれ、二代は貞治ごろ、三代は応永ごろ、四代は文安・康正ごろ、五代は延徳・永正ごろに活動したとされます。文明ごろの友重は四代と五代の間の時期にあたりますが、何代目にあたるかははっきりしません。一門は江戸時代まで続き、七代目の三郎右衛門は貞享年間まで存命だったといいます。
作風の特徴
文明の友重個人の作風を詳しく記した資料は確認できませんでした。藤島友重銘の作として、板目に柾目がまじるよく詰んだ地鉄に、互の目や尖りごころの刃がまじる乱れ刃を焼いた作が刀剣店で紹介されています。
鑑賞・購入のポイント
藤島友重は南北朝時代から幕末まで続いた家のため、同じ「友重」銘でも時代は大きく異なります。業物として評価されたのは文明ごろの作であり、年紀のない作では、銘の書体から時代を推定することになります。なお、新刀期以降の友重系統については、石川県史で「実用刀にとどまった」という厳しい評価も紹介されています。どの時代の友重かは鑑定書で必ず確認しましょう。
基本情報
| 刀工名 | 藤島友重 |
|---|---|
| 読み | ふじしまともしげ |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | 加賀 |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 業物位列 | 大業物 | つるぎの屋は「(文明)」と注記。 |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 業物位列:「大業物」——この位列に掲載された172工のうちの一人で、4段階中、上から2番目の位です。江戸時代の試し斬りの結果をもとにした、切れ味の格付けです。刀の美しさや出来を評価したものではありません。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
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加賀国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
藤島友重は、業物位列で「大業物」と位置づけられている古刀の刀工です。加賀国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。