山城守国清(初代)の位列と基本情報|刀工データベース

山城守国清(初代)(やましろのかみくにきよ)は、業物位列で「業物」、刀剣要覧の位列で「新刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新刀・上作」に位置づけられている刀工です。

山城守国清(初代)とは

初代山城守国清(やましろのかみくにきよ)は、江戸時代初期に越前国福井(現在の福井県)で活躍した刀工です。京都で堀川国広に学んだ堀川一門の一人で、越前松平家のお抱え鍛冶となりました。朝廷から許された菊紋を茎に切ることでも知られます。

系譜と経歴

東京富士美術館の解説によると、本国は信濃国松代で、駿河の島田鍛冶三代目・助宗の子とされます。京都に出て堀川国広に学び、名を「国清」と改めました。

その後、越後高田の松平忠昌に仕え、忠昌が越前福井へ国替えとなった際に主君に従って福井へ移りました。寛永4年(1627年)に山城大掾を受領し、翌寛永5年に山城守へ転じています。銘は「山城守藤原国清」と切り、鎺(はばき)の下にあたる部分に菊花紋を切ります。この菊紋は山城大掾を受領した際に朝廷から許されたものとされます。

作風の特徴

項目 特徴
作品 刀・脇指が多い
刃文 直刃を得意とし、乱刃も焼く
傾向 直刃の作は肥前の近江大掾忠広(二代忠吉)に、乱刃の作は師の堀川物に近い

直刃と乱刃の両方で、それぞれ別系統の名工に似た作を見せるのが国清の面白いところです。

鑑賞・購入のポイント

国清の名は二代以降にも受け継がれ、同じく「山城守国清」と切るため、初代か二代かの区別が問題になります。鎺下の菊紋は国清の作を見分ける目印になりますが、代の判断は鑑定書を確認しましょう。

基本情報

刀工名 山城守国清(初代)
読み やましろのかみくにきよ
時代 新刀
国 越前
代 初代

位列

位列 位 備考
業物位列 業物 Wikipediaは「山城守国清(初二代)」で1項目。
刀剣要覧の位列 新刀・上々作 第22版
刀工辞典の位列 新刀・上作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 業物位列:「業物」——この位列に掲載された172工のうちの一人で、4段階中、上から4番目の位です。江戸時代の試し斬りの結果をもとにした、切れ味の格付けです。刀の美しさや出来を評価したものではありません。(一覧を見る)
  • 刀剣要覧の位列:「新刀・上々作」——新刀の部に掲載された541工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「新刀・上作」——新刀の部に掲載された478工のうちの一人で、5段階中、上から3番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

新刀(慶長年間〜江戸中期)

新刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)から江戸時代中期ごろまでに作られた日本刀を指します。戦乱が収まって城下町が整えられ、刀工が各地の城下に集まって作刀するようになり、華やかな刃文の作も多く生まれました。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

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同じ時代・同じ国(新刀・越前)の刀工

越前国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

山城守国清(初代)は、業物位列で「業物」、刀剣要覧の位列で「新刀・上々作」、刀工辞典の位列で「新刀・上作」と位置づけられている新刀の刀工です。越前国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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