「備前長船」の刀、どれも同じに見えて困っていませんか
「備前長船(びぜんおさふね)」は、日本刀に詳しくない人でも一度は耳にしたことがある名前かもしれません。刀剣店でも「長船◯◯」と銘のある刀は多く見かけますが、鎌倉時代の名工の作から戦国時代の実用刀まで幅が広く、「長船派とはいったい何なのか」が分かりにくいのも事実です。
この記事では、備前伝最大の流派である長船派について、系譜、時代ごとの作風、名刀、見分け方を解説します。五箇伝全体の位置づけは五箇伝とはをご覧ください。
長船派とは、鎌倉時代から室町時代まで備前長船で続いた日本最大級の刀工集団です
長船派とは、備前国邑久郡(おくぐん)長船(現在の岡山県瀬戸内市)を拠点に、鎌倉時代中期から室町時代まで長く栄えた刀工の流派です。光忠(みつただ)を祖とし、長光・景光・兼光らの名工を輩出し、「長船物」として今も高く評価されています。
成立地と時代
長船は吉井川(よしいがわ)の下流域にあり、砂鉄や燃料、水運に恵まれていました。刀剣ワールドによれば、長船鍛冶は鎌倉時代中期から室町時代にかけて繁栄しましたが、天正18年(1590年)の吉井川の洪水によって大きな打撃を受け、一大産地としての地位を失ったとされます。
系譜:惣領家の4代
長船派の中心となる「惣領家(そうりょうけ)」は、次のように続いたとされます。親子関係は一般的な説に従っていますが、古い時代のため諸説があります。
| 代 | 刀工 | 活動時期(目安) | ポイント |
|---|---|---|---|
| 祖 | 光忠(みつただ) | 鎌倉時代中期 | 長船派の祖とされる。豪壮な姿に華やかな丁子乱れ |
| 2代 | 長光(ながみつ) | 鎌倉時代後期(1274〜1304年頃) | 光忠の子とされる。現存作が多く、国宝「大般若長光」の作者 |
| 3代 | 景光(かげみつ) | 鎌倉時代末期〜南北朝時代(1304〜1345年頃) | 長光の子とされる。「片落ち互の目(かたおちぐのめ)」を創始したとされ、地鉄の美しさに定評 |
| 4代 | 兼光(かねみつ) | 南北朝時代 | 景光の子とされる。相州伝を取り入れた「相伝備前(そうでんびぜん)」の作風へ |
長光は元寇(げんこう)の頃に活躍した刀工とされ、現存する作が非常に多いことでも知られます。景光は父の豪壮な作風とは異なり、地鉄の美しさと落ち着いた刃文で評価されています。兼光は初期には父に似た作風でしたが、南北朝時代には地刃ともに沸の強い、覇気のある作風へ変わったとされます。
このほか、長光の弟とされる真長(さねなが)や、長義(ながよし)、元重(もとしげ)などの名工もいます。刀剣ワールドでは、長光・真長・景光を、帽子の形で知られる「長船三作」と紹介しています。
室町時代:応永備前と末備前
室町時代に入ると、長船派は時代ごとに異なる呼び名で区別されます。
- 応永備前(おうえいびぜん):応永年間(1394〜1428年)頃の長船刀工の作。盛光(もりみつ)・康光(やすみつ)・師光(もろみつ)などが知られます。日明貿易の輸出品にもなったとされます
- 末備前(すえびぜん):室町時代後期、戦国時代の長船刀工の作。祐定(すけさだ)らが活躍し、戦乱の需要に応えて多くの刀が作られたとされます
末備前の時代は、太刀から打刀(うちがたな)へと主流が移った時期でもあります。違いは太刀と刀の違いをご覧ください。
作風の特徴
| 見どころ | 長船派の傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 鎌倉期は腰反りの太刀姿。南北朝期は身幅広く大切先の豪壮な姿も。末備前は反りのやや浅い打刀が多い |
| 地鉄(じがね) | 小板目や板目に杢目交じり。映りが立つものが多い |
| 刃文(はもん) | 匂出来の丁子乱れが基本。光忠・長光は華やかな丁子、景光は片落ち互の目、兼光は沸の強い作風、末備前は互の目乱れなど |
| 帽子(ぼうし) | 長光・真長・景光には、横手の上で乱れて小丸に返る「三作帽子」が見られるとされる |
| 茎・銘(なかご・めい) | 「備前国長船住◯◯」「備州長船◯◯」など、国名・地名入りの長銘や年紀入りの作が多い |
代表的な名刀
文化遺産オンラインで確認できた国宝を紹介します。
- 太刀〈銘長光(大般若長光)〉:国宝。東京国立博物館所蔵。室町時代に高値が付いたことから、大般若経六百巻にちなんで名付けられたと伝わります
- 太刀〈銘備前国長船住景光(小竜景光)/元亨二年五月日〉:国宝。東京国立博物館所蔵。刀身の腰元に小さな竜の彫物があることから「小竜景光」と呼ばれます
展示の有無は時期によって異なるため、見学前に博物館の公式サイトで確認しましょう。
見分け方・鑑賞のポイント
- 時代を意識する:まず姿を見て、腰反りの太刀か、豪壮な南北朝期の姿か、反りの浅い戦国期の打刀かを見極めます
- 帽子に注目:鎌倉後期の長船なら三作帽子があるかを確認します(帽子とは)
- 刃文の形:華やかな丁子か、片落ち互の目か、互の目主体かを見ると、時代や刀工の手がかりになります
長船派を見るときの注意点・失敗例
「長船」の銘だけで名工の作と思わない
長船派は数百年続き、刀工の数も非常に多い流派です。「長船」と銘にあっても、時代や刀工によって評価や価格は大きく異なります。値段の考え方は日本刀の値段の決まり方で解説しています。
同じ名前の刀工が複数いる
末備前の祐定のように、同じ名を名乗る刀工が何人もいる例があります。代や個人の特定は専門家でも難しいことがあるため、鑑定書の内容を確認しましょう(日本刀の鑑定書とは)。
偽銘に注意
有名な長船の名工は人気が高く、後世に銘を偽った作も存在します。高額な刀ほど、信頼できる刀剣店で購入することが大切です(刀剣店の選び方)。
まとめ
- 長船派は、備前長船で鎌倉中期から室町時代まで続いた備前伝最大の流派です
- 光忠・長光・景光・兼光の惣領家を中心に、多くの名工を輩出しました
- 室町時代の作は応永備前・末備前と呼び分けられます
- 国宝の大般若長光・小竜景光は東京国立博物館に所蔵されています
長船の刀は現存数が多く、初心者が実物に触れやすい流派でもあります。時代ごとの違いを意識して見比べれば、備前刀の奥深さがきっと見えてきます。

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