兼氏(志津三郎)の位列と基本情報|刀工データベース

兼氏(志津三郎)(かねうじ)は、刀剣要覧の位列で「古刀・最上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」に位置づけられている刀工です。

志津三郎兼氏とは

志津三郎兼氏(しづさぶろう かねうじ)は、大和国から美濃国志津(現在の岐阜県)に移り住んで活躍した刀工です。正宗の優れた弟子「正宗十哲」の一人に数えられ、大和物に相州伝を加えた作風を完成させ、のちの関物・美濃伝の祖と位置づけられています。活動期は鎌倉時代末期から南北朝時代とされます。

系譜と経歴

兼氏は、もとは大和国の手掻派の刀工で「包氏(かねうじ)」と名乗っていたとされます。のちに美濃国の志津に移住し、「兼氏」と改めたと伝えられています。

正宗に直接学んだとされますが、入門のいきさつには諸説があり、はっきりしません。没年齢についても60歳説と63歳説があります。

兼氏の名跡は代々受け継がれ、その一門は「直江志津」として南北朝時代に栄えました。

作風の特徴

項目 正宗入門前とされる作 入門後とされる作
姿 太刀は身幅・鋒が尋常、短刀は細身で小ぶり、内反り —
刃文 小模様な互の目主体の乱れ刃 のたれに互の目を交える
働き — 地中に地景が目立ち、刃中に金筋が現れる

入門後の作には、師の正宗と見まがうほど作風の近いものもあるとされます。銘は「兼氏」の二字銘が多く、まれに「美濃国住人兼氏」と長銘を切った作もあります。

鑑賞・購入のポイント

  • 「兼氏」の銘は代々受け継がれたため、初代の作か後代の作かの見極めが重要です。鑑定書の内容を必ず確認しましょう。
  • 赤坂兼氏、関兼氏など同名の別刀工もいるため、国や時代にも注意が必要です。
  • 正宗の作や、美濃伝の後継である関物と見比べると、兼氏が果たした役割がわかりやすくなります。

基本情報

刀工名 兼氏(志津三郎)
読み かねうじ
時代 古刀
国 美濃
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 古刀・最上作 第22版(古刀の部・二位)/名寄せ:旧slug shizu-kaneuji
刀工辞典の位列 古刀・最上作 刀工辞典の時代区分:中古刀(元応-長禄)/同一出典内に同名が別掲載あり(新々刀・中作)。同一人の重複掲載か別人(別代)かは出典から判断できないため、別slugとした。

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

美濃伝(五箇伝)の傾向

美濃伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は美濃伝とはで解説しています。

見どころ 傾向
姿(すがた) 室町時代の打刀(うちがたな)が主流で、反りが比較的浅く、実用に適した姿が多い
地鉄(じがね) 板目肌に柾目(まさめ)が流れるように交じる。刃寄りや鎬地に柾目が目立つものも多い
刃文(はもん) 匂(におい)主体で、尖り刃が交じる互の目が代表的。三本杉のように尖った互の目が規則的に連なるものもある
帽子(ぼうし) 「地蔵帽子(じぞうぼうし)」と呼ばれる、人の横顔のような形のものが特徴的

関連する刀工・ページ

同じ時代・同じ国(古刀・美濃)の刀工

美濃国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

兼氏(志津三郎)は、刀剣要覧の位列で「古刀・最上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」と位置づけられている古刀の刀工です。美濃国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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