中堂来光包(ちゅうどうらいみつかね)|刀工データベース

中堂来光包(ちゅうどうらいみつかね)は、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。

中堂来光包とは

中堂来光包(ちゅうどうらいみつかね)は、鎌倉時代後期の刀工で、来派の来国俊に学んだ門人です。近江国の比叡山延暦寺・根本中堂にこもって刀を鍛えたと伝えられることから「中堂来」の名で呼ばれます。

系譜と経歴

刀剣ワールドの解説では、光包は備前国の生まれで、来国俊の門に入って作刀を学び、のちに近江国へ移ったとされています。現存作には延慶2年(1309年)の年紀を持つ短刀が知られ、鎌倉時代後期に活動したことがわかります。

作風の特徴

項目 特徴
作刀 現存するのは短刀のみ
姿 重ねがやや厚い(当時の来一門に通じる特徴)
地鉄 小板目がよく詰んで地沸が付き、冴えて強い感じ
刃文 細直刃と、焼幅の広い中直刃の2種が中心
帽子 小丸または大丸。返りが長い
銘 「光包」の二字銘

直刃が基本の中で、名物「乱光包」は互の目乱れを焼いた例外的な作として知られます。

代表作

  • 重要文化財 短刀 銘光包(東京国立博物館)…板目肌がよく詰んで沸映りが立ち、小沸出来の直刃を焼いた一口で、重ねが厚く帽子の返りが長い光包らしさがよく表れています。越前松平家に伝来しました。

鑑賞・購入のポイント

  • 現存作はきわめて少なく、市場に出ることはまれです。
  • 師の来国俊の作風と比べながら、重ねの厚さや帽子の返りの長さに注目すると、光包の個性がつかみやすくなります。

基本情報

刀工名 中堂来光包
読み ちゅうどうらいみつかね
時代 古刀
国 —
代 —
流派 来派

位列

位列 位 備考
刀工辞典の位列 古刀・上々作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀工辞典の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

来派の作風と鑑定のポイント

以下は来派全体の一般的な傾向です。個々の刀工・代によって異なり、例外も多くあります。流派の詳しい解説は来派とはをご覧ください。

見どころ 傾向
姿(すがた) 身幅が広く猪首切先(いくびきっさき)の豪壮な姿と、京物らしい優美な姿の両方がある。来国俊には短刀も多い
地鉄(じがね) 小板目肌がよく詰み、細かな地沸が一面に付く「来肌」。刃文とは別に白く淡い影が立つ「来映り(らいうつり)」が見られることもある
刃文(はもん) 国行は直刃に丁子を交えるものや丁子主体のもの、雁股(かりまた)状の「蕨手丁子(わらびてちょうじ)」が見どころ。二字国俊は丁子を主体とした華やかな乱れ刃、来国俊は格調高い直刃が主体。来国光・来国次には沸の強い乱れ刃も見られる
帽子(ぼうし) 作者や時期によって異なるため、刃文や姿とあわせて判断する
茎・銘(なかご・めい) 来国俊・来国光・来国次は、それぞれ「来」の字の書き方に違いがあるとされる

山城伝(五箇伝)の傾向

山城伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は山城伝とはで解説しています。

見どころ 傾向
姿(すがた) 反りの中心が刀身の中ほどにくる「中反り(なかぞり)」で、鳥居の笠木のような「鳥居反り」とも呼ばれる。細身で優雅、小切先(こぎっさき)のものが多い
地鉄(じがね) 小板目肌(こいためはだ)がよく詰み、潤いがある。地沸(じにえ)が細かく付く
刃文(はもん) 小沸(こにえ)を主体とした直刃が基調。小乱れや小丁子が交じり、刃中の働きが豊か
帽子(ぼうし) 品よく小丸(こまる)に返るものが見られる

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まとめ

中堂来光包は、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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