貞吉(保昌)の位列と基本情報|刀工データベース

貞吉(保昌)(さだよし)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上々作」、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。

保昌貞吉とは

保昌貞吉(ほうしょうさだよし)は、鎌倉時代末期に大和国高市郡(現在の奈良県橿原市付近)で作刀した刀工です。大和五派の一つ「保昌派」を代表する刀工で、単に「保昌五郎」と呼ばれることも多くあります。国宝「桑山保昌」、重要文化財「大保昌」という二振の名短刀の作者です。

系譜と経歴

保昌派の開祖・保昌五郎国光の一族で、保昌貞宗とともに実質的な流派の祖とされます。在銘の短刀に文保元年(1317年)と元亨4年(1324年)の年紀があり、鎌倉時代末期に活動したことが確かめられます。銘には「高市郡住藤原貞吉」「高市住金吾藤貞吉」など居住地や姓を入れた長銘があり、「金吾」は衛門府の官職の唐名で、左衛門尉などを称したことを示すと考えられます。

作風の特徴

項目 特徴
姿 平造りの短刀。重ねが厚く、しっかりした造り込み
地鉄 整然とよく詰んだ柾目肌
刃文 沸のよくついた直刃。元から先へ向かって働きが強まる作もある

保昌派の特徴である柾目肌を最もよく示す刀工の一人です(大和伝)。

代表作

  • 短刀 銘 高市□住金吾藤貞吉/□亨二二年甲子十月十八日(名物 桑山保昌)(国宝):元亨4年(1324年)の作。刃長25.7cm。江戸時代の所持者・桑山伊賀守元晴にちなむ名で、『享保名物帳』に載り、のちに前田家に伝わりました。1931年に当時の制度で指定を受け、1955年に国宝となりました。
  • 短刀 銘 □都高市郡住藤原貞吉/文保元丁巳年二月吉日(号 大保昌)(重要文化財、東京国立博物館所蔵):文保元年(1317年)の作。刃長28.3cm。柾目肌の地鉄に沸のよくついた直刃を焼いた、貞吉の代表作です。江戸時代には前田家に伝わりました。

鑑賞・購入のポイント

貞吉の在銘作は、上記のように国宝・重要文化財クラスの名品が中心で、市場に出ることはまずありません。保昌派の柾目肌を鑑賞したい場合は、博物館の展示で名物の短刀を見るのが近道です。

基本情報

刀工名 貞吉(保昌)
読み さだよし
時代 古刀
国 大和
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 古刀・上々作 第22版(古刀の部・三位)
刀工辞典の位列 古刀・上々作 刀工辞典の時代区分:中古刀(元応-長禄)

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から3番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

大和伝(五箇伝)の傾向

大和伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は大和伝とはで解説しています。

見どころ 傾向
姿(すがた) 鎬筋が高く張り、鎬幅が広い。刀身の中ほどで反る「中反り(なかぞり)」の姿が多い
地鉄(じがね) 板目肌に柾目肌が交じる。保昌派のように全体が柾目肌になるものもある
刃文(はもん) 中程度の沸(にえ)による直刃が基調。ほつれ・打除け(うちのけ)・二重刃・食違刃(くいちがいば)など、刃縁に変化が出やすい
帽子(ぼうし) 焼刃が返らずに棟へ抜ける「焼詰(やきづめ)」や、箒で掃いたようにかすれる「掃掛け(はきかけ)」が見られる

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同じ時代・同じ国(古刀・大和)の刀工

大和国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

貞吉(保昌)は、刀剣要覧の位列で「古刀・上々作」、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。大和国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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