国清(粟田口)(くにきよ)は、刀剣要覧の位列で「古刀・極上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」に位置づけられている刀工です。
粟田口国清とは
粟田口国清(あわたぐちくにきよ)は、鎌倉時代初期に山城国粟田口(現在の京都市東山区)で活躍した刀工です。粟田口派の祖・国家の子で、名工ぞろいの「粟田口六兄弟」の四男にあたります。反りが浅く、焼幅の広い直刃調の刃文を焼いた作風で知られています。
系譜と経歴
国清は国家の四男で、通称を藤四郎といったと伝わります。兄に国友・久国・国安、弟に有国・国綱がいます。在銘作の年代はおよそ建仁年間(1201〜1203年ごろ)とされ、兄弟のなかでもやや後の世代にあたります。生没年は伝わっていません。
祖の国家の作は現存せず記録に残るのみで、粟田口派は実質的にこの六兄弟の時代に大きく花開きました。その後、国友の子の則国、孫とされる国吉、さらに藤四郎吉光へと続いていきます。詳しくは粟田口派の解説をご覧ください。
作風の特徴
| 見どころ | 特徴 |
|---|---|
| 姿 | 反りがやや浅い太刀姿 |
| 刃文 | 焼幅の広い直刃仕立てで、湾れ(のたれ)風の趣がある |
| 地鉄 | 粟田口派らしいよく詰んだ精美な鍛え |
同じ六兄弟でも、国友は小沸本位の直刃、国安は丁子乱れ、有国は小丁子乱れというように、それぞれ個性があります。国清の直刃調で焼幅の広い刃文は、兄弟の作と見比べることで違いが際立ちます。刃文の用語は刃文の解説、京物の特徴は山城伝の解説も参考にしてください。
鑑賞・購入のポイント
- 国清の作には重要文化財に指定されたものがあると紹介されています。鎌倉時代初期の在銘作はきわめて貴重で、市場に出ることはまれです。
- 「国清」の名は他の時代・他国の刀工にも見られます。国と時代を必ず確認しましょう。
- 無銘で「粟田口」と極められた刀も流通しています。個人名の極めか一派としての極めかは、鑑定書で確認しておくと安心です。
基本情報
| 刀工名 | 国清(粟田口) |
|---|---|
| 読み | くにきよ |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | 山城 |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 古刀・極上作 | 第22版(古刀の部・一位) |
| 刀工辞典の位列 | 古刀・最上作 | — |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「古刀・極上作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
- 刀工辞典の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
山城伝(五箇伝)の傾向
山城伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は山城伝とはで解説しています。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 反りの中心が刀身の中ほどにくる「中反り(なかぞり)」で、鳥居の笠木のような「鳥居反り」とも呼ばれる。細身で優雅、小切先(こぎっさき)のものが多い |
| 地鉄(じがね) | 小板目肌(こいためはだ)がよく詰み、潤いがある。地沸(じにえ)が細かく付く |
| 刃文(はもん) | 小沸(こにえ)を主体とした直刃が基調。小乱れや小丁子が交じり、刃中の働きが豊か |
| 帽子(ぼうし) | 品よく小丸(こまる)に返るものが見られる |
関連する刀工・ページ
同じ時代・同じ国(古刀・山城)の刀工
山城国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
国清(粟田口)は、刀剣要覧の位列で「古刀・極上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」と位置づけられている古刀の刀工です。山城国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。