国吉(粟田口)(くによし)は、刀剣要覧の位列で「古刀・極上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」に位置づけられている刀工です。
粟田口国吉とは
粟田口国吉(あわたぐちくによし)は、鎌倉時代中期に山城国粟田口(現在の京都市東山区)で活躍した刀工です。短刀の名手として知られ、名物「鳴狐(なきぎつね)」の作者として有名です。粟田口派の名工・藤四郎吉光の師とする説が有力で、派の技術を次代へつないだ存在でもあります。
系譜と経歴
国吉は粟田口則国の長男とされます(国友の子とする異説もあります)。朝廷から左兵衛尉に任じられました。年紀のある作は弘長2年(1262年)から弘安7年(1284年)のものが知られ、作刀の始まりは宝治年間(1247〜1249年)ごろまで遡ると推測されています。
藤四郎吉光の出自には諸説ありますが、国吉の弟子とする説が有力とされています。粟田口派の流れは粟田口派の解説で詳しく紹介しています。
作風の特徴
| 見どころ | 特徴 |
|---|---|
| 作刀の傾向 | 短刀が多く、太刀の作例は少ない。剣(両刃)の作も上手とされる |
| 短刀の姿 | 細身で小ぶり、やや内反りのものと、幅広で寸の延びた平造のものがある |
| 太刀の姿 | 小峰で反りが強く、鎌倉時代の太刀姿が顕著 |
| 銘 | ほとんどが「國吉」の二字銘。「左兵衛尉藤原國吉」「粟田口國吉」と長銘を切ることもある |
粟田口派らしい精緻な地鉄と上品な姿が魅力で、山城伝の典型を示す刀工の一人です。
代表作
- 重要文化財 刀 銘左兵衛尉藤原国吉(号 鳴狐)(東京国立博物館):平造で反りが高く、広直刃に互の目がまじり二重刃がかかる優美な一振
- 重要文化財 太刀 銘国吉(京都国立博物館)
鑑賞・購入のポイント
- 「国吉」の名は来派の祖や他国の刀工にも見られます。このデータベースにも同名の刀工が多数掲載されているため、国や時代を必ず確認しましょう。
- 鎌倉時代中期の在銘作は非常に貴重で、市場に出ることはまれです。まずは博物館で鳴狐などの名品を鑑賞してみるのがおすすめです。
基本情報
| 刀工名 | 国吉(粟田口) |
|---|---|
| 読み | くによし |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | 山城 |
| 代 | — |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀剣要覧の位列 | 古刀・極上作 | 第22版(古刀の部・一位) |
| 刀工辞典の位列 | 古刀・最上作 | — |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀剣要覧の位列:「古刀・極上作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
- 刀工辞典の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
山城伝(五箇伝)の傾向
山城伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は山城伝とはで解説しています。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 反りの中心が刀身の中ほどにくる「中反り(なかぞり)」で、鳥居の笠木のような「鳥居反り」とも呼ばれる。細身で優雅、小切先(こぎっさき)のものが多い |
| 地鉄(じがね) | 小板目肌(こいためはだ)がよく詰み、潤いがある。地沸(じにえ)が細かく付く |
| 刃文(はもん) | 小沸(こにえ)を主体とした直刃が基調。小乱れや小丁子が交じり、刃中の働きが豊か |
| 帽子(ぼうし) | 品よく小丸(こまる)に返るものが見られる |
関連する刀工・ページ
同じ時代・同じ国(古刀・山城)の刀工
山城国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。
まとめ
国吉(粟田口)は、刀剣要覧の位列で「古刀・極上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」と位置づけられている古刀の刀工です。山城国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。