長船義光(おさふねよしみつ)は、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」に位置づけられている刀工です。
長船義光とは
長船義光(おさふねよしみつ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて備前国長船で作刀した長船派の刀工です。長船派の名工・景光の子で、兼光の弟と伝えられています。
系譜と経歴
倉敷刀剣美術館の解説によると、義光の年紀作は鎌倉時代後期の元亨(1321〜1324年)から南北朝時代の延文・貞治(1356〜1368年)まで約40年にわたり、兄とされる兼光とほぼ同じ時期に活躍しました。年紀の幅が広いことから、同名の刀工が複数いた可能性も考えられます。
当データベースでは父とされる景光の項もあわせてご覧ください。
作風の特徴
初期の作は父・景光に似た作風で、南北朝時代に入ってからは兄・兼光に近い作風を示すとされます。倉敷刀剣美術館で紹介された脇差(無銘・伝長船義光、特別保存刀剣)は、次のような出来です。
- 地鉄:小板目肌がよく詰み、地沸が付き、淡く映りごころが立つ
- 刃文:互の目を主体に、小互の目・角ばった互の目・片落ち風の互の目などが交じり、足がよく入って小沸が付く
片落ち互の目は景光・兼光に通じる特徴で、義光が長船本流の作風の中にいたことがよくわかります。
鑑賞・購入のポイント
- 在銘作は少なく、市場では無銘で「伝長船義光」と極められたものを見かけることが多い刀工です。
- 景光・兼光の作と見比べて、時期による作風の変化を見るのも面白いでしょう。
基本情報
| 刀工名 | 長船義光 |
|---|---|
| 読み | おさふねよしみつ |
| 時代 | 古刀 |
| 国 | — |
| 代 | — |
| 流派 | 長船派 |
位列
| 位列 | 位 | 備考 |
|---|---|---|
| 刀工辞典の位列 | 古刀・上々作 | 刀工辞典の時代区分:中古刀(元応-長禄) |
位列から見る刀剣界での立ち位置
- 刀工辞典の位列:「古刀・上々作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から2番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)
位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。
生きた時代と歴史的背景
古刀(〜慶長年間)
古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。
長船派の作風と鑑定のポイント
以下は長船派全体の一般的な傾向です。個々の刀工・代によって異なり、例外も多くあります。流派の詳しい解説は長船派とはをご覧ください。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 鎌倉期は腰反りの太刀姿。南北朝期は身幅広く大切先の豪壮な姿も。末備前は反りのやや浅い打刀が多い |
| 地鉄(じがね) | 小板目や板目に杢目交じり。映りが立つものが多い |
| 刃文(はもん) | 匂出来の丁子乱れが基本。光忠・長光は華やかな丁子、景光は片落ち互の目、兼光は沸の強い作風、末備前は互の目乱れなど |
| 帽子(ぼうし) | 長光・真長・景光には、横手の上で乱れて小丸に返る「三作帽子」が見られるとされる |
| 茎・銘(なかご・めい) | 「備前国長船住◯◯」「備州長船◯◯」など、国名・地名入りの長銘や年紀入りの作が多い |
備前伝(五箇伝)の傾向
備前伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は備前伝とはで解説しています。
| 見どころ | 傾向 |
|---|---|
| 姿(すがた) | 区(まち)の近く、刀身の手元寄りから反る「腰反り(こしぞり)」が多い |
| 地鉄(じがね) | 板目肌に杢目(もくめ)が交じる。地に白い影のような「映り」、とくに「乱れ映り」が立つものが多い |
| 刃文(はもん) | 丁子の実を並べたような華やかな丁子乱れが代表的。匂(におい)を主体とした刃文が多い |
| 帽子(ぼうし) | 長船派の長光・景光・真長には、横手の上で乱れて小丸に返る「三作帽子(さんさくぼうし)」が見られるとされる |
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まとめ
長船義光は、刀工辞典の位列で「古刀・上々作」と位置づけられている古刀の刀工です。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。