則国(粟田口)の位列と基本情報|刀工データベース

則国(粟田口)(のりくに)は、刀剣要覧の位列で「古刀・極上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」に位置づけられている刀工です。

粟田口則国とは

粟田口則国(あわたぐちのりくに)は、鎌倉時代に山城国粟田口(現在の京都市東山区)で活躍した刀工です。粟田口派を興した「粟田口六兄弟」に続く世代の筆頭とされ、国宝の太刀を遺した名工です。在銘の現存作は多くありませんが、そのいずれもが粟田口派の典型を示す貴重な作例とされています。

系譜と経歴

則国は、六兄弟の長兄で後鳥羽上皇の御番鍛冶を務めた国友の子とされます。粟田口派の祖・国家から国友、則国、そして則国の長男とされる国吉へと続く系譜のなかで、次の世代へ技術を受け渡した存在です。さらに国吉の門からは短刀の名手藤四郎吉光が出たとする説が有力で、則国は粟田口派の黄金期をつなぐ要の位置にいたといえます。

生没年は伝わっていません。粟田口派の全体像は粟田口派の解説もご覧ください。

作風の特徴

見どころ 特徴
姿 細身で小鋒(こきっさき)、腰反りのついた鎌倉時代初期風の優美な太刀姿
地鉄 非常に緻密で、よく詰んだ精美な鍛え
刃文 清涼感のある、すっきりと冴えた焼刃

粟田口派は地鉄の美しさで知られ、則国の作はその代表例です。山城伝の特徴を知るうえでもお手本となる刀工です。

代表作

  • 国宝 太刀 銘則国(京都国立博物館)

刃長74.7cm、反り2.1cm。鎬造・庵棟で、茎は磨上げられており、茎先近くに「則国」の二字銘が残ります。鳥取藩主池田家に伝来したもので、昭和9年(1934年)に重要文化財、昭和29年(1954年)に国宝に指定されました。文化遺産オンラインの解説では、清涼感さえ感じさせる焼刃と緻密な地鉄をもつ、則国の最高傑作と評されています。

鑑賞・購入のポイント

  • 則国の在銘作はきわめて少なく、市場に出ることはほとんどありません。京都国立博物館などで展示される機会に鑑賞するのがおすすめです。
  • 粟田口派は父子・兄弟で作風が近いため、国友・国吉・吉光といった一門の刀工と見比べると、系譜のつながりが実感できます。

基本情報

刀工名 則国(粟田口)
読み のりくに
時代 古刀
国 山城
代 —

位列

位列 位 備考
刀剣要覧の位列 古刀・極上作 第22版(古刀の部・一位)
刀工辞典の位列 古刀・最上作 —

位列から見る刀剣界での立ち位置

  • 刀剣要覧の位列:「古刀・極上作」——古刀の部に掲載された181工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです。古刀・新刀・新々刀ごとに段階が分かれています。(一覧を見る)
  • 刀工辞典の位列:「古刀・最上作」——古刀の部に掲載された615工のうちの一人で、5段階中、上から1番目の位です。刀工の技量・出来(作位)を示す格付けです(最上作〜中作の5段階)。(一覧を見る)

位列は資料ごとに評価の基準が異なります。見方は刀工の位列とはで解説しています。

生きた時代と歴史的背景

古刀(〜慶長年間)

古刀とは、一般に慶長年間(1596年〜)より前に作られた日本刀を指します。平安時代後期から安土桃山時代にあたり、武士の世の中で日本刀が実戦の武器として発達し、大和・山城・備前・相州・美濃の五箇伝の作風が生まれた時代です。詳しくは古刀・新刀・新々刀・現代刀の違いをご覧ください。

山城伝(五箇伝)の傾向

山城伝は五箇伝の一つです。傾向の詳細は山城伝とはで解説しています。

見どころ 傾向
姿(すがた) 反りの中心が刀身の中ほどにくる「中反り(なかぞり)」で、鳥居の笠木のような「鳥居反り」とも呼ばれる。細身で優雅、小切先(こぎっさき)のものが多い
地鉄(じがね) 小板目肌(こいためはだ)がよく詰み、潤いがある。地沸(じにえ)が細かく付く
刃文(はもん) 小沸(こにえ)を主体とした直刃が基調。小乱れや小丁子が交じり、刃中の働きが豊か
帽子(ぼうし) 品よく小丸(こまる)に返るものが見られる

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同じ時代・同じ国(古刀・山城)の刀工

山城国が現在のどの都道府県にあたるかは旧国名一覧で確認できます。

まとめ

則国(粟田口)は、刀剣要覧の位列で「古刀・極上作」、刀工辞典の位列で「古刀・最上作」と位置づけられている古刀の刀工です。山城国の刀工とされます。位列は刀工への評価であり、一振りごとの出来や真贋を保証するものではありません。実際の刀を見るときは、姿・地鉄・刃文を自分の目で確かめることが大切です。鑑賞のポイントは日本刀の鑑賞方法で解説しています。

出典

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